イスラエル紀行 4月19日

エルサレム
* ゲッセマネ/鶏鳴教会
ヤッド・バシェム(虐殺記念館)/西の壁
ヘルツェルの丘にてイスラエル国独立62年祝賀式典

*エルサレム *


ゲッセマネの園 * イエスゆかりの庭園、かつては一面オリーブ林であった。現在庭園に残る8
本のオリーブの木ははるか昔から受け継がれてきたもの。



鶏鳴教会・ゲッセ・マネで捕らえられたイエスが石段を通ってここに連行され、地下の牢屋に
最後の一晩を過ごした場所。



鶏鳴教会地下にあるイエスが捕らえられ、一晩繋がれた牢屋



可憐に咲き誇るアネモネ



この石段は19世紀に発掘され約2000年前の新約聖書時代のものであると確認されている
イエスが歩いた可能性が高いと思われる


エルサレム・左が金のモスク、右が銀のモスク     オリーブ山から望むエルサレム旧市街



聖地西の壁(嘆きの壁) * 現在のユダヤ人にとって最も聖なる場所となっている



嘆きの壁で祈る。


ヘルツェルの丘にあるラビン首相の墓      女性宰相として有名なゴルダメイアの墓
ヘルツェルの丘にはイスラエルのリーダーや独立戦争中東戦争で命を落とした軍人の墓がある。
毎年ここでイスラエル国独立記念式典が盛大に行われる。



イスラエルのジャンヌ・ダルクと言われているハンナ・セネッシュの墓(軍人墓地内)
1921年ブタペストで生まれ、18歳で初めて祖国パレスチナの土を踏み、カイザリヤ近くのキブツ・スドットヤムで過ごすうち強烈な愛国者に育つ。
バルカン諸国や東欧に残っている同胞ユダヤ人を、ナチの残虐から助け出す極秘救出作戦に志願し、パラシュートでユーゴスラビアに降下して、ハンガリーに潜入したが捕えられ獄中数々の拷問を受けたが最後までナチに屈することなく23歳の短い生涯を閉じた。
ハンナが13歳からつけ始めた日記は《ハンナの日記》として世界の数十ヶ国語に訳され、その愛国の詩は老若男女を問わず広く暗唱されている。



ヘルツェルの丘の記念碑               独立の父・ヘルツェルの墓


ヤッド・バシェム(虐殺記念館) * ヤッド・バシェムとはヘブライ語で「記念と記憶」の意味
ナチスドイツによって虐殺された600万人のユダヤ人の写真や遺品が展示されています。


広い庭園にはユダヤ人を追手からかくまった「異邦の義人」の名を記念した木が植えられている。



独立祝賀記念式典でのオーケストラ演奏は旅の疲れを癒します。偶然にも最近特に有名になった
ベートーベン“交響曲第7番”が演奏されました。