イスラエル紀行 4月22日

マサダ * マサダの砦
ベソール * 砂漠の巨大な貯水池
スデボケル * ベングリオンの墓/記念館
テルアビブ * アドモニ元モッサド長官/レブラン将軍らとブリーフィング

*マサダ *

マサダの砦 * 四方が絶壁で頂上が平ら・・・まさに天然の要塞である。
マサダが歴史的に重要になったのは、紀元66~73年にかけてローマに対するユダヤ反乱軍の舞台として登場し、3万人対900人の3年に渡る攻防の末、負けを覚悟したユダヤの人たちは「死」を覚悟し自決を決行する。その方法が「くじ」で10人を選びその10人が他の人を殺害し、さらに「くじ」で1人を選びその1人が9人を殺害し、最後に残ったものが自決するという方法だった。
ユダヤの教えは自殺は禁じられており、もしそうしたら家族とは同じ墓に入れない決まりとなっていたが、マサダで自殺した彼らはイスラエルの英雄となりこれが国づくりのバックボーンとなった。
現在のイスラエル軍の入隊宣誓式はこのマサダで行われている。




ローマ軍が砦攻撃に使用した石の砲弾

*ベソール *


貯水池

*スデボケル *


建国の父ベングリオンのお墓には大勢の人が参拝しお花も多く供えられていました。

* テルアビブ *


アドモニ元モッサド長官/レブラン将軍らとブリーフィング。
第二次大戦中、リトアニアのカウナス日本領事館代理だった杉原千畝氏の発行した「命のビザ」によりポーランドから日本の舞鶴に渡ったニーナさん。
「東洋のシンドラー」と呼ばれた杉原千畝氏はリトアニアの在カウナス日本領事館領事代理として昭和14年に赴任しました。彼が発行したビザにより助かった命は少なくとも6000人以上と言われています。
1985年イスラエル政府よりユダヤ人の命を救出した功績で、「ヤド・バシェム賞」(諸国民の中の正義の人賞)を受賞。